「介護記録や報告書の作成に時間がとられて、利用者と向き合う時間が減っている」「夜勤の見回りが負担で、職員が定着しない」——こうした悩みを抱える介護・福祉事業所は少なくありません。厚生労働省の資料によると、令和7年3月時点の介護関係職種の有効求人倍率は3.97倍で、全職業計の1.16倍を大きく上回る水準が続いています。この深刻な人手不足を背景に、記録業務の効率化や見守り支援など、現場の負担を軽減する目的でAIを導入する介護・福祉事業所が広がっています。本記事では、統計データをもとに介護現場でのAI活用が求められる背景と、具体的な活用領域、導入の進め方を解説します。
介護人材不足の深刻さを示すデータ
介護現場の人手不足は感覚的な話ではなく、複数の公的統計に裏付けられています。まず押さえておきたいのが有効求人倍率です。
- 介護関係職種の有効求人倍率:3.97倍(令和7年3月時点、全職業計は1.16倍)
- 都道府県別では東京都7.65倍、奈良県5.25倍など、地域によっては全国平均をさらに上回る水準もある
- 介護職員の必要数:2022年度約215万人→2026年度約240万人(+約25万人)→2040年度約272万人(+約57万人)
いずれも厚生労働省「第1回社会保障審議会福祉部会福祉人材確保専門委員会」資料(令和7年5月9日公表)によるものです。今後15年ほどで必要な介護職員数がさらに57万人規模で積み上がっていく見通しであり、採用だけで人手不足を解消するのは難しい状況にあります。
公益財団法人介護労働安定センターの「令和6年度介護労働実態調査」(令和7年7月28日公表)でも、同様の傾向がみられます。訪問介護員・介護職員を合わせた2職種の離職率は12.4%と2年連続で低下した一方、採用率は14.3%と3年ぶりに低下しました。また、事業所の従業員の過不足感(「大いに不足」「不足」「やや不足」の合計)は65.2%と前年度の64.7%からさらに上昇しており、7職種いずれにおいても不足感が強まっています。労働条件・仕事の負担についての悩みでは「人手が足りない」が49.1%で最も高く、現場の実感としても人手不足が最大の課題であることがうかがえます。
介護・福祉現場でAIが活用される主な領域
こうした状況を受けて、介護・福祉現場では採用力の強化だけでなく、限られた人員で業務を回すための省力化にAIを活用する動きが広がっています。特に効果が見えやすいのが、記録業務・報告書作成と、見守り・情報共有の領域です。
1. 介護記録・報告書作成の負担軽減
介護労働安定センターの調査では、ICT機器等・介護ロボット等のうち「利用者情報(ケア記録・ケアプラン等)の入力・保存・転記の機能」を日常的に利用している事業所は75.4%にのぼります。訪問系では56.6%の事業所がタブレット端末・スマートフォンを使ってケア記録を入力しており、音声入力対応の記録支援ツールと組み合わせることで、手書き・二重入力の手間を減らし、報告書作成にかかる時間を圧縮できる余地があります。
2. 見守り・介護ロボットによる負担軽減
施設系・居住系のサービスでは、ベッドセンサー(マット型・内蔵型)の利用割合がそれぞれ70.1%、41.7%と高くなっています。同調査では、ICT機器・介護ロボットの導入効果として「昼間の業務負担の軽減」に効果があるとした事業所が49.4%、「夜間の業務負担の軽減」に効果があるとした事業所が44.6%と、それぞれ約半数の事業所が効果を実感しています。夜間の巡視回数や記録の手間を減らせる可能性がある領域として、見守りセンサー・介護ロボットへの関心は高まっています。
3. 情報共有・多職種連携の効率化
介護記録がデータ化・一元管理されることで、訪問介護員とサービス提供責任者、ケアマネジャーなど多職種間での情報共有がしやすくなります。同調査でも、サービス提供責任者が訪問介護員に対してコミュニケーションや研修・指導を十分に行っている場合ほど、担当する訪問介護員の離職率が低い傾向が示されており、情報共有の質が定着率にも関わることがうかがえます。
4. ケアプラン作成・文書業務の生成AI活用
生成AIを使ってケアプランの下書きや会議資料、利用者への説明文書の作成を支援する動きも出てきています。中小機構「中小企業のAI等の利活用に係る実態調査」(2026年3月公表)では、中小企業全体でみてもAI導入済み企業の82.6%が生成AIを利用しており、導入目的は「業務効率化・作業時間の短縮」が87.0%、導入効果として「人手不足対応」を挙げた企業も33.9%にのぼります。介護・福祉分野固有の集計ではありませんが、中小企業における生成AI活用が業務効率化・人手不足対応に直結しているという傾向は、介護現場の文書業務にも参考になる知見です。
介護施設がAIを導入する際の進め方
介護・福祉事業所でAIを導入する際は、いきなり全施設・全業務に展開するのではなく、段階を踏んで進めることが定着の鍵になります。

ステップ1:現場の課題を洗い出す
「記録業務に時間がかかる」「夜勤の見回りが負担」など、現場の職員が実際に困っている業務を具体的に洗い出します。数値目標(記録時間を月◯時間削減する等)を仮でも置いておくと、後の効果検証がしやすくなります。
ステップ2:活用できる補助金・助成金を確認する
介護ロボット・ICT導入には、都道府県や国の補助金が用意されている場合があります。自社が対象になるかどうか、AI導入全般で使える補助金・助成金の情報もあわせて確認しておくと、初期費用の負担を抑えやすくなります。
ステップ3:小規模なユニット・部署でトライアル導入する
特定のフロアや一部の業務に限定してAIツールを試験導入し、記録時間や職員の負担感の変化を確認します。自社だけで進めるのが不安な場合は、外部の専門家に相談しながら進める方法もあります。
ステップ4:社内ガイドラインを整え、本格展開する
効果が確認できたら、個人情報の取り扱いルールなどを含めた社内ガイドラインを整備したうえで、他のフロア・事業所へ展開します。現場が安心して使えるルールがあることで、定着率が高まります。
介護・福祉分野のAI導入コストの目安
活用領域 | 主なツール例 | 費用感の目安 |
記録・報告書作成支援 | 音声入力対応の介護記録ソフト | 月額数千円~数万円/事業所(利用者数・端末数による) |
見守り・介護ロボット | ベッドセンサー、見守りカメラ | 機器費数万円~数十万円+月額利用料 |
文書・ケアプラン作成支援 | 生成AIを使った文書作成支援 | 月額数千円程度~(利用人数による) |
費用は事業所の規模や導入範囲によって大きく異なるため、上記はあくまで目安です。補助金の活用状況によっても実質負担額は変わるため、個別の見積もりを取って比較検討することをおすすめします。
よくある失敗例
介護・福祉現場でのAI導入では、次のようなつまずきがよく見られます。
- 現場に浸透せず使われなくなる:導入だけで満足し、操作研修やフォロー体制を用意しなかったため、一部の職員しか使わずに形骸化してしまうケース。
- 効果測定をせず費用対効果が見えない:導入前に「記録時間がどれだけ減ったか」などの指標を決めておらず、継続の判断材料がないまま契約更新の時期を迎えてしまうケース。
- 個人情報の取り扱いルールが曖昧なまま運用してしまう:利用者情報を扱うツールであるにもかかわらず、社内での取り扱いルールやアクセス権限を整備しないまま使い始め、後から見直しが必要になるケース。
よくある質問
Q. 小規模な介護施設でもAIを導入できますか?
A. 可能です。全業務を一度に置き換える必要はなく、記録業務や見守りなど、負担の大きい一部業務から小さく始める方法が現実的です。補助金を活用できる場合もあるため、事前に確認しておくとよいでしょう。
Q. ITに詳しい職員がいなくても運用できますか?
A. 音声入力やタブレット操作を前提とした介護記録ソフトなど、専門知識がなくても使えるよう設計されたツールが増えています。ただし、導入時の操作研修や運用ルールの整備は、専門知識の有無にかかわらず必要です。
Q. 利用者の個人情報を扱う点が不安です。
A. 介護記録やケアプランには利用者の個人情報が含まれるため、社内ガイドラインの整備とあわせて、ツール側のセキュリティ体制(データの保管場所、アクセス権限管理など)を導入前に確認することが重要です。
Q. 導入効果はどのくらいで出ますか?
A. 記録業務の効率化など効果が見えやすい領域では、数か月程度の試験導入で一定の手応えを得られるケースがあります。ただし、現場への定着には教育・フォロー体制が欠かせないため、短期の数値だけで判断せず、継続的に効果を確認することをおすすめします。
まとめ:現場の負担軽減から、小さく始める
介護関係職種の有効求人倍率3.97倍という数字が示すとおり、採用だけで人手不足を解消するのは容易ではありません。だからこそ、記録業務・報告書作成の負担軽減や見守り・情報共有の効率化など、現場の負担を減らす目的でAIを取り入れる事業所が増えています。まずは自事業所の課題を洗い出し、補助金の活用も視野に入れながら、小規模なトライアル導入から始めることをおすすめします。あわせて、中小企業全体のAI導入の進め方を整理した中小企業のAI導入完全ガイドや、AI導入で使える補助金まとめ、外部の専門家に相談する場合の視点をまとめたAIコンサルティング会社の選び方完全ガイド、社内での安全な運用ルールづくりの参考になる生成AI社内ガイドラインの作り方もあわせてご覧ください。
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